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手のひらサイズの意識から 《成人発達障害》

H23.7月に特定不能の広汎性発達障害「PDD-nos」と診断を受けた、ふっとんの空回りブログ。
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正しきことは

診断書によりますと、私の現在の治療内容や今後の治療方針は、

・薬物療法
・精神療法

の2本柱となっております。

このブログでは、薬物療法の内容はそのまま「お薬療法」カテゴリ。
そして、精神療法のついてはこの「医師からのアドバイス」カテゴリに残しておきます。



今年も残すところあとわずか。
精神療法を始めてから、もうじき半年が過ぎようとしています。

通院は薬の処方に合わせて4週間に一度ですので、すでに6回担当医から直接助言を受けています。

私のブログの更新が遅いために、その時の話の内容を毎回留めておくことはできませんが、
今回は私がこの6回の中で、もっとも心にグサッと刺さったアドバイスを書くことにします。


前置きとして一点だけ。

私は昔から物事の「ルール」を重要視する傾向を持っています。
もちろん、「暗黙のルール」は今でも理解しづらいので、
あくまで明文化されているような決まりきったルールや、
それこそ自分の中で育ち作られてきた「規律」に限ったことです。



以上を踏まえていただき。。

今回の話は6回通院の中の5回目だったでしょうか。

私が主に会社でストレスに感じ、また仕事上で実際に小さなトラブルにもなっていることがあり、そのことを医師に相談しました。

その内容が「ルール違反をどこまで認容すべきか」というものでした。

具体的なことは正確に詳しく書こうとするとキリがなくなってしまうので控えますが、
自分が正しくないと思っていることを仕事上で要求されることがままあるわけです。
その要求に対して私がすんなり首を縦に振れば問題は起こらないのですが、
実際には私が頑なに横に振ってしまうことで軋轢が生じてしまうか、
耐え難いストレスを忍んで受け入れることで、精神的に参ってしまうかのどちらかでした。

仕事では往々にして理不尽な要求をされること、そしてそれを飲むべき時があることは、
一応私も大人ですので承知はしているつもりです。
ただ、その許容範囲が私は人より狭いのかもしれません。


私にしてみたら「グレーゾーンはともかく、最低限のルールは守ろうよ」ということなのですが、
そうともばかりは言ってられないようです。
(注:今の職場が法律違反を犯しているわけではありません。念のため。)


私からの相談に対し、医師からは、
「きっと、あなたのとった行動は正しいのでしょう。でも社会的な意味での”普通の人”はそうしないことが多いのかもしれない。正しいと思われることだけをしていたら、世の中うまく回っていかないことも出てきてしまう。」
そして、
「あなたが間違ったことはしたくないと強く思うのであれば、もちろんそう判断すればいいと思う。ただ、一般的な別の選択肢があるなら、そのことを単に無視するのではなく意識する必要はある。そうすることで思考の幅を拡げていくと自分のためにもなる。そして治療のためにもなる。」
と言われました。


耳が痛かったです。わかってはいるのですが、ついつい他の選択肢を軽く扱ってしまう自分がいます。

自分はそんな高尚な人間でもないでしょうに。
赤信号でも車が全く走っていなかったら、歩いて渡っちゃうでしょ(そういうことじゃないか・・・笑)。


では、来年はもっといい年でありますように。
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【 2011/12/28 (Wed) 】 医師のアドバイス | TB(0) | CM(0)

上司にカミングアウトすべきか

手帳を取得し、障害者として職に就いた、というようなケースは、
周囲から発達障害についての理解を得やすいはずです。

しかし、一般枠でこれから就職する、あるいはすでに働いている会社で理解を求めるために、
「私は発達に関する障害を持っている」と積極的に話をするべきかどうか。
大いに悩むところだと思います。


医師の話や関連書籍に書かれていることの多くは、

「ケースバイケースとしか言えない」

というものでした。


それは、確かにその通りでしょう。私も相談を受けたとしたらそう答えると思います。


その人の症状の程度、仕事の内容、社風、上司の人間性。
吟味しなければならないことはいくらでもあります。


カミングアウトをするにしても、ただ「PDD-NOSです」「ASと診断されました」とだけ話をしても、その「報告」を受けた方も困ってしまいます。
また「それで?どうしてほしいの?」などと切り返されたら、口をつぐんでしまいそうです。

私は人とコミュニケーションをとることが苦手で、その場で思ったことを相手に上手には伝えられません。
突然の質問にも答えるのに時間が掛かります。


そんな私ですが、どうにかして受け入れてもらえるよう、可能な限り上司には伝えるべきだと考えます。



ところで、私にとって一番話をしやすいタイミングは入社前の「面接の時」です。
(ああ、また話が空中分解しそう・・・)


必ず、「何か話しておきたいことはありませんか?」と聞いていただけるので。

実際は、私が発達障害と診断されたのは、今の職場に勤めてから1年近く経った後でしたので、
1年前の面接の時にお伝えしたのは、
「てんかん性の脳波異常があるので、月に一度通院しています。それから免許は持っていますが、車の運転はしないようにしています。」
ということぐらいでした。

それでも、前もって自分の状態を話していたことで、
「あれから専門の病院で診てもらったところ、発達の問題ということでした。」
と伝えやすかったことは事実です。


また、多少は仕事に慣れてきていたので、
「Aの仕事は正直自信は持てないのですが、BやCの仕事には支障はありません。」
と伝えることで、上司も仕事を振りやすくなります。

あとは、こちらからの要求ばかりをしてはよくないと思いますので、
「日中は休憩を少し多めにとらせてください。」とお願いする代わりに、
朝早めに出社してオフィスの掃除をしっかりするといった感じで、
自分が出来ることをさせてもらうようにシフトしていけば、理解を示してくれると思っています。


職場の理解を得られるかどうか。
その仕事を長く続けるとしたら、とってもとっても大事な問題だと考えています。
【 2011/12/23 (Fri) 】 職場での工夫 | TB(0) | CM(0)

SNRI(1)

PDD−NOSと診断を受けてから、治療には薬物療法と精神療法が行われていますが、

本カテゴリでは、薬物療法について記録を残していきたいと思います。


第1回目の今回は、

SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害薬)を初めて飲んでから1ヵ月以内に、
私の身体におきた変化についてです。

さて、SNRIといっても幾つか種類がありますので、処方されたお薬の名称を。

「サインバルタ」カプセル20mg

響きは悪くないです。何となく効きそうな気がします。


SNRIは抗うつ薬のひとつです。
効果として期待されるのは、憂鬱な気分や不安感を改善と、意欲の向上といったところ。
SSRIもそうですが、私のような広汎性発達障害にもその症状の改善に役立つことがあるようです。

処方された量は、私の場合、最初の1ヵ月は20mgと、ややスローペース。
20mg→40mg⇔60mgと徐々に服用量を増やし、その症状に合わせて最適な量に調整していきます。


「私にとっての」実際の効果は、まさに驚きでした。
これほど身体の変化を感じた薬は、今まで無かったからです。

まず何が起きたのかといいますと、
「朝の目覚めが格段に良くなった」ということです。
これは、20mgを初めて飲んだ翌日の朝から感じたことです。

それまでは目覚めが相当悪く、朝がつらくて仕方がありませんでしたが、
この薬のおかげでそのつらさがかなり軽減されました。

最初の1ヵ月で現れた効果はこれだけでしたが、とっても助けられました。


それから、医師の言う通り、副作用もありました。
悪心、のどの渇き、食欲不振、便秘。
ただ、いずれも重度ではありません。これらは数ヵ月経った今日には、慣れて感じなくなっています。

でも、1日ほぼ何も口にしていなくても空腹感を全く感じなかったので、
薬ってある意味怖いなとも思いました。


そして、2ヵ月目から40mgが処方されると、また体感の変化が現れるのですが、それはまた次回。
【 2011/12/17 (Sat) 】 お薬療法 | TB(0) | CM(0)

電話は苦手だから

発達障害に気づかない大人たち<職場編>星野仁彦著 祥伝社

私はこの本に書かれている仕事術をとてもよく参考にしています。

その中には、
「発達障害では、口頭での指示や連絡などを苦手にする人が少なくありません。」
という理由から、

「指示や連絡などを口頭で受ける場合は必ずメモを取る」

ということを勧めています。



仕事においてメモを取ることは一般的に推奨されているのですから、
とりわけ私は仕事以外でもメモは取るようにしています。
もちろんメモ帳とペンは必携アイテムです。


また、私は視覚的記憶能力に比べ、聴覚的記憶能力がかなり劣っていることもあり、電話は大の苦手。

電話をしながらメモを取ったとしても、話すスピードに書くことがついていけないため、
大事なキーワードだけメモ書きをすることになります。
しかし電話の後で、メモ帳に書きなぐったその幾つもの単語を見返したところで、
その単語がどう繋がっているのかがわからない、といったことが起きてしまうこともしばしばです。

また、記憶に関することだけでなく、話の内容が急に変化することも電話の悩みのひとつ。
電話中に、
「電話のついでに、別件なのですが・・・」と別の話をされると私の頭は混乱し始めます。頭の切り替えをすぐには出来ないのです。


そのため私は、連絡手段にはほとんどメールを用います。

確かに電話のほうが話は早く、わざわざメールのやりとりをするほどの内容ではないこともあります。
それでも、私から連絡をするときはメールを送るようにしています。

そうすることで、相手からの連絡も、私に対してはメールが自然と多くなります。
「電話のついでに、別件・・・」が、「メールついでに別件ですが・・・」に変わるからです。


なので、私の電話での決まり文句はこの2つ。
「メールでお願いしてもよろしいですか?」
「確認してから、メールで折り返しご連絡をさせていただきます。」




ところで、仕事の工夫とは全く関係ないのですが、私はプライベートでも電話は滅多にしません。

異性とお付き合いをする時ですら、
「電話は苦手だから連絡はメールで」
と最初にお願いします。

でも、怪しまれます。

私はどう見ても遊んでるタイプには見えないのに(笑)。
【 2011/12/13 (Tue) 】 職場での工夫 | TB(0) | CM(0)

仕事について。

私は現在、会計・経理関連の事務職に就いています。

広汎性発達障害を抱える私にとって、最も深刻な問題は仕事上でのトラブルです。

このカテゴリでは、そのタイトル通り、
「職場で私がどのような工夫をして適応しようとしているか」
ということについて記したいと思います。


ところで、工夫も大事ですが、その前にもっと大切なことは、
「仕事をどのようなものとして考えているか」
ということかもしれません。

生きていくための収入源であることはともかくとしまして、
仕事を「生き甲斐」や「社会的責任」と感じられるような人になりたいとは思います。
そのために努力を惜しまず、悩みながら色々なものを背負って生きている人を私は心から尊敬します。


ただ、今の私には仕事をそのように考えることはできません。

目の前のひとつひとつの仕事を如何にミスなく、効率よくこなしていくか。
そして如何に周囲の人に、あるいは自分に負担を掛けないように進めていくか。
そのようにを考えることで精一杯なのです。


そんな自分であることを謙虚に受け止め、1日の勤務を何とかこなし、
それを1週間、1ヵ月、そして1年と、どのようにして繋ぎとめていくのか。

この難題に、今まさに立ち向かっているところですが、
私なりに取り入れている方法をいくつか挙げていく予定です。



前置きが長くなってしまいました(汗)。

私の個々の具体的な工夫の基となっているものは、主に以下の3つです。
・書籍から得られる知識
・自分自身の経験
・主治医からのアドバイス


1)まずは、書籍にある方法論の内、自分に適しているものを試してみる。

2)次に、自分の傾向や過去の経験、現在の職場の環境によってその方法を微調整する。

3)そして、それでもうまく対処できないときは、主治医に相談しアドバイスを受ける。


多くはこの1)2)3)の順で、あるいは2)3)の順で対処法を積み上げています。


まだ経験も浅く、大したものでもございませんが、
自分でも忘れてしまわないように、このブログに書き留めておきますので、
ご覧になった方で合うような内容があれば試してみてくださいね。


ん~、なんだか文章が支離滅裂。どんまい、私。
【 2011/12/11 (Sun) 】 職場での工夫 | TB(0) | CM(0)

手のひらサイズの意識

大学生の頃から現在に至るまで、私はひとつのクセを持ち続けています。

それは、「左手の手の平をじっと見続けること」です。



私は高校生の頃から、常にボーっとしている状態にある自分に気がつくようになりました。

その状態を他人に説明するときには、
「意識がクリアではなく、頭の中にモヤがかかっている感じ」
「お酒を飲んでいないのに、ほろ酔い状態になっている感じ」
「しっかり睡眠はとっているのに、徹夜明けで寝不足の状態でいる感じ」
などと今でも同じような表現を用いています。


(もしかしたら、呼吸の仕方が悪く、脳に酸素が届いていないのではないか)
(記憶は無いが、実は頭を強打した時があって、それ以来おかしくなってしまったのではないか)
(このモノ忘れの酷さは、若年性の健忘症やアルツハイマー病の症状なのではないか)

私はうっすらと不安を抱くようになりました。

また、
(近い将来、現実にこの世界に生きていることが自分でわからなってしまうのではないか)
とも考えました。


周りの景色も私の目にはただぼんやりと映り、いつも夢の中にいるような気分になりました。


そして、自分の現実の世界が崩壊してしまうという恐れからでしょう。

自分の手の平を見つめながら、
「(今の私は現実の世界にいて、この手のひらを見つめている。この手は私の手のひらに間違いない。)」
と自らに問いかけるように、あるいは言い聞かせるように、心の中でつぶやくようになりました。


しかし、私の意識は自分の手の平のサイズの世界でさえ、くっきりと目の前に映し出すことはありません。


それから一定の期間、毎日左の手の平を見つめるようになりましたが、
ただの一時も左手がクリアに見える日はありませんでした。


時に目に涙を浮かべ、奥歯でギリギリと音をたてながら祈りました。

「(どうか、数分でも、数秒でもいいから、私が私であることを!これが私の手のひらであることを!)」







願いが叶わず懊悩したその時期は、とっても辛かったように自分でも思います。





もちろん私は今でも信じています。


「この手のひらは、確かに私の手のひらである」

そう実感できる日が来ることを。
【 2011/12/02 (Fri) 】 タイトル | TB(0) | CM(0)