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手のひらサイズの意識から 《成人発達障害》

H23.7月に特定不能の広汎性発達障害「PDD-nos」と診断を受けた、ふっとんの空回りブログ。
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手のひらサイズの意識

大学生の頃から現在に至るまで、私はひとつのクセを持ち続けています。

それは、「左手の手の平をじっと見続けること」です。



私は高校生の頃から、常にボーっとしている状態にある自分に気がつくようになりました。

その状態を他人に説明するときには、
「意識がクリアではなく、頭の中にモヤがかかっている感じ」
「お酒を飲んでいないのに、ほろ酔い状態になっている感じ」
「しっかり睡眠はとっているのに、徹夜明けで寝不足の状態でいる感じ」
などと今でも同じような表現を用いています。


(もしかしたら、呼吸の仕方が悪く、脳に酸素が届いていないのではないか)
(記憶は無いが、実は頭を強打した時があって、それ以来おかしくなってしまったのではないか)
(このモノ忘れの酷さは、若年性の健忘症やアルツハイマー病の症状なのではないか)

私はうっすらと不安を抱くようになりました。

また、
(近い将来、現実にこの世界に生きていることが自分でわからなってしまうのではないか)
とも考えました。


周りの景色も私の目にはただぼんやりと映り、いつも夢の中にいるような気分になりました。


そして、自分の現実の世界が崩壊してしまうという恐れからでしょう。

自分の手の平を見つめながら、
「(今の私は現実の世界にいて、この手のひらを見つめている。この手は私の手のひらに間違いない。)」
と自らに問いかけるように、あるいは言い聞かせるように、心の中でつぶやくようになりました。


しかし、私の意識は自分の手の平のサイズの世界でさえ、くっきりと目の前に映し出すことはありません。


それから一定の期間、毎日左の手の平を見つめるようになりましたが、
ただの一時も左手がクリアに見える日はありませんでした。


時に目に涙を浮かべ、奥歯でギリギリと音をたてながら祈りました。

「(どうか、数分でも、数秒でもいいから、私が私であることを!これが私の手のひらであることを!)」







願いが叶わず懊悩したその時期は、とっても辛かったように自分でも思います。





もちろん私は今でも信じています。


「この手のひらは、確かに私の手のひらである」

そう実感できる日が来ることを。
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【 2011/12/02 (Fri) 】 タイトル | TB(0) | CM(0)